藤本由紀夫 アーティスト・トーク 2019





『藤本由紀夫 アーティスト・トーク 』
日時:2019年12月7日(土) 15:00-17:00
定員::25名 
参加費: 1,000円
会場:GALLERY CAPTION  

読書とは、紙に書かれた文字を読むことだけではない。
夜空の星の一つ一つを結びつけて星座を作り出すように、
然環境や自然現象から、人工的構築物からも
私たちは様々な情報を読み取る能力を本能として持っている。

-藤本由紀夫「星の読書について」より抜粋-

・・・

年末恒例となりました藤本由紀夫さんのアーティスト・トーク。
今年のテーマは『読書』です。
藤本さんは、2001年にCCGA現代グラフィックセンター(福島)で開かれた展覧会「四次元の読書」以来、メディアとしての本の在り方にあらたな目を向けながら、「読書」とは、単に書物を読むことだけに留まらない、空間そのものを読み解く創造的な行為として捉えてきました。
一昨年は、国立国際美術館(大阪)において「アート/メディア―四次元の読書」(2017年-2018年)として美術館の図書スペースで、また千代田区立日比谷図書文化館(東京)での「現代美術展から見る図書館の現在──DOMANI・明日展PLUS X 日比谷図書文化館」では、書架が並ぶ図書館内で展示を行いました。そして今年は読書をキーワードとしたプロジェクト「星の読書」を四季を通じて展開するなど、近年『読書』に更なる関心を寄せている藤本さんが『読書という視点でアートを考えること』についてお話くださいます。皆さまのご参加をお待ちしております。



big book 『silence』  
企画:藤本由紀夫 
デザイン:南琢也  制作:phono/graph  印刷・製本・発行:NISSHA株式会社




127日「藤本由紀夫アーティスト・トーク」にご参加くださいました皆さま、ありがとうございました。当日は、ギャラリーの年代物のプロジェクターと、藤本さんのMac Bookとの接続がうまくいかず、レクチャー用の画像をご覧いただくことができないという事態、大変申し訳ございませんでした。藤本さんのお話だけでも充実の2時間でしたが、重ねてお詫び申し上げます。

会場に用意された、一般にお披露目されるのは今回がはじめてという真っ赤なbig booksilence」を横目に、今年のアーティスト・トークも、藤本さんが最も影響を受けているという "現代美術の父" マルセル・デュシャン(1887-1968 )のお話からはじまりました。

一般的に、デュシャンについて書かれた文章は難解でよく分からないと言われていますが、実はデュシャン本人が書いた文章は簡単なのだと、藤本さんは言います。

『芸術はアーティストが生み出す作品だけで完結するものではなく、鑑賞者が創造的行為に加わることによって作品が完成する。』(マルセル・デュシャン)

「実は作っている人は、何を作っているのか分かっていない、気づいていない」。
藤本さんからの思いがけない言葉に、戸惑われた方もいらっしゃったかもしれません。作家は自分の作品のすべてを把握し、計算して作られていると考えるのが大方ではないでしょうか。

けれど「芸術家が見ていないものを、見る人は(作品に)見ることができる」のだとし、それは「作る側と体験する側の共同作業」であり、「デュシャンは更にそこに『後世の』と付け加えている」と指摘されました。つまり作品とは、後世にわたる鑑賞者によって作られていくのだと。

「見る人が作品を作ること」について、ご自身の制作に置き換えてお話がつづきます。
藤本さんと言えばオルゴールを用いた作品が有名ですが、その原点とも言えるのが「STARS」( mixed media18 点組/1990年)です。一昨年に東京のShugoArts(*1)でも展示されたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

すでに身近な存在であり、しかもひとつの楽器として完成されているオルゴールを作品とするのに、藤本さんは、ひとつのオルゴールにつき1音しか鳴らないように細工し、54の音がランダムに鳴る仕組みを作りました。そうすることで、回す人のタイミングによって偶然の音の出方が無数に生まれ、バラバラだった音がつながりはじめます。それはまさに「聞く人」が勝手に音をつないで、「音楽」として聞いてくれるからであり、これが「鑑賞者が作り出す音楽」のはじまりです。「何を作っているのかは重要ではなく、作家は作品となる材料を提示する、それだけで良いのだ」と。見る側がその材料にどのように向き合い、読み解き、関わろうとするのか、そこに作品が生まれるのです。

次にデュシャンと同じく藤本さんが影響を受けた人物として、アナタシウス・キルヒャー(1601-1680)が挙げられました。キルヒャーはイエスズ会の司祭、また博物学者としてあらゆる分野に精通し、特にマジック・ランタン(幻灯機)の発明、またヒエログリフ解読のパイオニアとしても知られています。ただし、キルヒャーの研究には科学的な根拠に乏しいものも多く、ペテン師扱いされることも、ままあったと言います。

藤本さんは「ひらめきが妄想となり、やがて嘘になってしまったのではないか」としながら、「科学者としたらペテン師かもしれないけれど、アーティストとして考えれば、キルヒャーの想像力と発想力は、すごいものがあるのでは」と解釈します。実際にキルヒャーは自分のひらめきを実証するために、結果を執拗なまでに記録化したり、妄想的なイメージをこと細かにイラストに表しています。かたちの無いもの、不確かなものについて、目に見えるかたちに置き換えようとする姿勢は、アーティストの仕事にも通じます。

また、単語がアルファベットの組み合わせによって出来ていることに着目したキルヒャーは、音符の組み合わせひとつで、音楽の並べ替えができることを思いつきます。何本もの木片に記した記号をずらすことで、幾通りもある全ての音の組み合わせによる作曲を可能にした、今日のコンピューターの先駆けとも言えるしくみです。単に音を並べ替えるだけで無数の音楽を作ることが出来るという発想、そして偶然の音の結びつきの面白さに気づいている人物が、はるか昔にすでに存在していたことを知った藤本さんは、いま自分がしていることは、必ずしも新しいことではないのだと気づかされます。





作る側も、またそれを受け取る側も、常に新しいものを求めがちです。
しかしながら、多くのものはこの世の中に真新しく登場しては消えていきます。特にこの2030年ばかりの間のメディアの変化は目まぐるしく、フロッピーディスク、MOMacintoshのハイパーカード、CD-ROM・・・いまの環境では再生不可能になってしまったメディアが多数あります。では、だからと言って、古くからの歴史を生き抜いてきた紙を綴じた「本」だけが、変わらず残っていくのでしょうか。

1993年、藤本さんは、とあるところからの依頼で、稲垣足穂の「エキスパンドブック」を制作することになりました。「エキスパンドブック」とは、いわゆる電子ブックのはしりで、画面上で本を読むようにページをめくりながら読書が出来るというものです。
そこで、短い文章は速く高い音、長い文章は長く低い音、というように、音楽と同じように、音で文章を表現することを思いつきます。音としての言葉を、音楽とともに読む。この新しい読書の形態はとても評判を呼び、この時、紙はいずれ無くなるだろうと、藤本さんも思ったそうです。

しかし、そもそも「本」とは、紙に印刷し綴じたものだけを言うのでしょうか。
ユネスコは1964年に『本とは、表紙はページ数に入れず、本文が少なくとも49ページ以上から成る、印刷された非定期刊行物』と定義しています。しかし、紙の歴史はたかだか2000年です。それ以前の「本」の在り方があったはずではないでしょうか。私たちはなんとなく紙に印刷されているものでなければならないという観念にしばられているだけで、「本」とは「情報をおさめたものと、それを読み取る体験と対にあるもの」なのではないか、電子図書も単に、読書の体験の仕方が変わっただけで、スマホでも、タブレットでも、パソコンからでも「読んでいる」ことには変わりがないのではないかと、藤本さんは考えます。

それでは「本の起源」とは、どこにあるのでしょう。
それは洞窟壁画です。人類最古のショーヴェ洞窟には「ネガティブ・ハンド」と呼ばれる、人間の手形が残されています。壁面に手を置き、その上から口に含んだ黒や赤の顔料を吹きかけることで、手跡が残ります。藤本さんは、これは今で言うところのインクジェットプリントであり、それが高度な表現であったことを指摘しながら「洞窟絵画はどれも入口付近ではなく奥の方に描かれていることが多く、それは表紙から本編へと、洞窟の奥に進むにしたがって内容が進んでいく、まさに本そのものなのではないか」と言います。そして「洞窟絵画が本の起源であるならば、本とはもともと3次元であり、それがいまの2次元の形態に移行しただけなのではないか。ならば、本の形態がまた変わりつつある今こそ、本をもっと拡大して考えてみる必要があるのではないか」と。

もっと広い視点で「本」を考えてみること。
カールハインツ・シュトックハウゼン(1928-2007)というドイツの現代音楽の作曲家がいます。藤本さんは学生時代、シュトックハウゼンが1966年に来日した際に関係者向けに配布された資料を、大学の恩師から貰いうけながら、なんとなく読まないままにしていました。しかし、しばらく経ってから、それを手に取ってみて驚いたと言います。そこには、それまで西洋音楽は音の強弱、長さ、高さ、音色の4要素から成り立っているとされていたところに『5つ目の要素「空間」を加えるべきだ』と書かれていて、更に『それは新しいことではなく、すでに現代美術の会場で行われていて、観客は自由に空間を移動しながら鑑賞している』と記されていたのです。それまで演奏する空間はブルジョワのための舞台であり、劇場は前方に向かって作られていました。それに対してシュトックハウゼンは、1970年の大阪万博のドイツ館で球形のパビリオンを作り、あらゆる方向から音楽を聞く場を作っています。藤本さんは、いま自分がやっていることは「空間を加えるという発想」まさにこのことなのだと気がつきます。

建築とは単に構造物をつくることではなく、空間をつくりだすことです。また用途によってその内容は変わり、それはストーリーを構成することと似ています。ならば「それを読み解こうとすると見えてくることがあり、その見方も変わるのではないか。空間とは読み解くことであり、それは建築の本質なのではないか」と藤本さんは言います。
「眺めるだけならば彫刻と同じ、建築とは一冊の書物なのだ」と。

それを踏まえた上で、このところ藤本さんが行なってきた、建築と空間、そして読書との関係性をテーマにした企画、京都の宿泊型アートスペースkumagusukuでの「THE BOX OF MEMORYYukio Fujimoto(2015-16)、国立国際美術館の図書情報コーナーで3期に及んだ「アート/メディア-四次元の読書」(2017-18/大阪)、書架が並ぶ図書館内で実際に作品展示を行った、千代田区立日比谷図書文化館での「現代美術展から見る図書館の現在──DOMANI・明日展PLUS X 日比谷図書文化館」(2017-18/東京)、そして今年、読書をキーワードとした四季を通じたプロジェクト「星の読書」での、ギャラリー開雄()、芦屋市立美術博物館()、六甲高山植物園(秋)、ヨドコウ迎賓館(冬/20201月予定)の様子が、それぞれ紹介されました。


アート/メディア-四次元の読書」国立国際美術館/2017年-18年 (撮影:福永一夫)


『星の読書 夏』 
芦屋市立美術博物館/2019年 (撮影:守屋友樹)



長くなりますので、個々の企画についてここでまとめられないのが残念なのですが、特に、いまも継続中のプロジェクト「星の読書」(*2)は、まさに冒頭の藤本さんの初期作品「STARS」 とつながります。夜空の星を勝手に結びつけて星座として見ていた古代の人々にとって「夜空を見ることは読書することであり、なにかを結び付けてとらえることは、人間の本能なのではないだろうか」と。「はじめは、見る人が作品を作る、空間を読書する、と言っても、ピンとこない人たちもいるけれど、きっかけさえあれば、それぞれに自分で理解して、動いてくれるようになる。その場にこちらで何かを用意しなくても自分で探す、読み解く面白さに、自然と気づいてくれることが増えてきた」と話されました。

そして最後に、最新作のbig booksilence」です。これは京都にある「NISSHA」(ニッシャ)と、藤本さんとの共同企画で実現したものです。NISSHAはかつての日本写真印刷株式会社で、高級美術印刷を手掛ける会社として知られてきました。そのNISSHAが、新たな印刷需要を開拓すべく、超高性能の大型デジタルプリンターを開発。精度の高い印刷物をオンデマンドで1部から刷れることから、作品集の需要がないだろうかと、相談を受けたことがきっかけでした。しかし、いまの若い作家は特にポートフォリオすら持たなくなっています。作品集、というよりも、版画に代わるエディション作品、作品制作の手法のひとつとして提案、活用してはどうか、というところから、このbig booksilence」が生まれました。





超高性能の触れこみ通り、作品写真を実物よりも大きく引き伸ばしても耐えられる再現性があり、実際の作品と比較しても、肉眼ではここまでは見えない、というところまで印刷されていて驚きます。全体の制作は、藤本さんも参加しているアート/デザインユニット「phono/graph」(*3)が手掛け、それぞれの「silence=沈黙」が、300ページ近くにわたり表現されています。

この本、サイズ横幅約80センチもあり、とにかく大きく重く、持ち運ぶのにも一苦労です。もちろん、ぱらぱらと立ち読むことなどできず、11枚、ひたすらページを大きくめくっていると、まさに身体で読んでいる感覚、読書が視覚的な行いだけではないことに気づきます。また紙質も内容とともにページごとに異なっていて、それぞれの紙の感触を確かめたり、なかには手や口(!)が直接加えられている箇所もあり、複製技術を越えてオリジナルな面白さもあります。

そして何より、皆さんがひとつの本の周りに集まって会話をしながら、一緒に読書する光景は、なかなか新鮮な出来事でした。しかしこれもまた、本来の3次元での読書体験への移行のひとつなのかもしれません。藤本さんもこのbig bookを通じて「単に情報を理解する媒体であることから離れたところで、あらためて本というものをとらえることができた」と話されました。

silence」については、こちらで詳しく紹介されていますので、是非ご覧ください。

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新しいことはなにもしていない。
いまあるものを、どう読み解くか。
そこからまたはじまり、つながっていく。

まさに『読書という視点でアートを考えること』。今回は「本」「読書」のお話を通じて、藤本さんの制作に対する姿勢を伺うことができました。またこのことはアートにかかわらず、さまざまな場でのヒントになるように思います。同じものを見ていても、その読み解き方は人それぞれです。そこから考えを派生し、ものごとをつなげていくか、そこにまた「読書する」面白さがあるのではないでしょうか。






(*1)「藤本由紀夫-STARS」シュウゴアーツ/2017年 http://shugoarts.com/

(*2)「星の読書」 https://mo-d6.com/rts/reading.html

(*3phono/graph (フォノ/グラフ)
音・文字・グラフィックの世界で活動しているメンバーが、専門領域や世代を超えて集い、可能性を求めて実験を重ねているアート/デザインユニット。2011年に大阪・dddギャラリーで開催された展覧会をきっかけに結成。これまでに東京、名古屋、京都、神戸、ドルトムント(ドイツ)と、国内外で作品を発表している。